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2020/05/05

バルト3国の旅・リトアニア編⑨ 夢の国を去る

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2019年7月11日(木)
11:00  ヴィリニュス空港正面
えっ、小さい。
それに年季の入ったレトロな建物って感じ。鉄道駅みたい。
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中は空港っぽくないよねー。。
なーんて思っていたら、出発ターミナルはこの建物の後ろ。

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おおー、こっちだ!
新しくて立派なターミナルでーす。
11;40  搭乗手続き
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スーツケースをぐるぐる巻くマシーンもありました。
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12:30  ちょっと小腹がすいたので、カフェでピザを食べる。
ピザ5€、ジュース3€
うっ、、空港価格だ💧 高い。
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コンタクトレンズの自動販売機がある。
便利でいーですね。
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ヨーロッパの雰囲気が漂ってます。

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キレイな空港です。
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Finnair✈でヴィリニュスからヘルシンキへ。
ヘルシンキで乗り換え、中部空港セントレアに帰国です。
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13:40  ヴィリニュス発 AY1108 
15:25  ヘルシンキ着
    飛行時間 1時間25分 

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ヴィリニュス、さようならぁ~!
バルト3国、バイバぁ~~~イ(@^^)/~~~
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トランジットは2時間。
ヘルシンキ空港の中でお土産を買う。
ムーミンのクッキー、北欧のポテトチップス、ガム、チョコレート、、、
食べ物ばっかりですが。
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17:25  ヘルシンキ発 JL6804

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飛行時間 9時間20分
映画ー機内食ー映画ー寝る寝る〰そして機内食
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北欧の森よ、さようならぁ~!
ヘルシンキはトランジットなので空港から一歩も外に出ていませんが
ムーミンがいっぱいなので北欧の雰囲気を感じました。
今度はヘルシンキの街もお散歩してみたいです。
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今回は紺色の枕とブランケットだった。

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エコノミーの搭乗率は60%くらいです。
3-4-3の座席でした。
アタシの列は空席だったので、3席占領しました。ラッキー💡  

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お蕎麦!
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ビーフも美味しかった。

2019年7月12日(金)
8:45  中部空港セントレア到着
   久々のJAPANでランチ
11:20  中部空港セントレア発 JAL3105 
13:05  新千歳空港着

お疲れ様でしたー。
無事に札幌に戻りました。

あっという間の9日間でした。

非日常を満喫してパワーUPしました✊
愉快な旅仲間のみなさん、ありがとうございます💕

今回は、NPO法人札幌ノボシビルスク協会が企画した初めてのロシア以外の旅でした。
会員の方のリクエストで企画された「バルト3国の旅」

これからも楽しい企画をどんどん実現していきますね!
今後ともどーぞよろしくお願いいたします。

NPO法人札幌ノボシビルスク協会

2020/05/04

バルト3国の旅・リトアニア編⑧ 巨大なおっちゃん

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おっちゃん、列車まだ来ないよ(笑)
って。。。でっかいおっちゃんが駅のホームに立っているのよ。
誰ですか?
意味不明。。。。
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ヴィリニュス駅です。
首都の入り口の駅にしては地味に感じますが、それがまたGOODなのか。。。
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列車でカウナスの日帰り観光ができますよ。
バスでもいいですが、列車の旅も楽しそうです。
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駅構内です。
ショップもあまり多くないです。

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広くはないです。
シンプルすぎるほどです。
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右奥に巨大なおっちゃんがいます。
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列車は時間通りに運行します。
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ヴィリニュス国際空港までたったの8分です。
早いなーと思ったのですが、我々はバス🚌を選択しました。
その理由は、バスは空港の目の前に到着するけれど、列車だと降りてから空港入り口まで少し距離があるのです。
重たいスーツケースを引きずるのがイヤだったのでバスにしました。
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バス停は駅の前のロータリーにあります。
バスですと空港まで20分でした。
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上から3番目と4番目「ORO UOSTAS」と書いてあり、その横に飛行機マーク✈がついてます。
途中何か所か停留所があります。
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バスの中。
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バス料金1€
運転手から購入しました。

2019年7月11日(木)
10:00  ホテルをチェックアウト
バスターミナルはホテルの目の前なので楽ちん😃
リトアニアの郊外の風景を眺めながら空港へ向かう。
11:00  ヴィリニュス国際空港着

さぁ~て、楽しかった旅も終わりに近づいてます。
帰国の様子は
リトアニア編⑧につづきます。

リトアニアのおまとめ動画はこちらです。

2020/05/03

バルト3国の旅・リトアニア編⑦ 教会めぐり

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聖ペトロ&パウロ教会
ケディミナス城からネリス川沿いのコシュウシコス通りを20分くらい歩きます👟
中に入ると真っ白な漆喰彫刻に圧倒されます❗❗❗
30年以上かけれ作られた2000にも及ぶ彫刻に心を奪われます✨
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天井を見上げると、ここにも素晴らしい装飾がされていて思わずのけぞりました。
天井も壁も柱も一面が真っ白な彫刻で埋め尽くされている、もう、声がでないです❗
すごぉぉぉぉぉーーーーい、としか言いようがない💡
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これらの彫刻はイタリアの職人と地元の職人で協力して作ったそうです。
見事な技術です!
圧倒され、そして唖然とした時間を過ごしました。
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聖ペトロ&パウロ教会の外観です。
外観はさほど、派手でもなくコレといった特徴もないのですが、、、
中の凄さといったらそれはもーーう、アナタ、大変だぜぇ~❗
わざわざ足を運ぶ価値のある教会です。
トロリーバスでも行けますよ。
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聖アンナ教会
ゴシック様式の最高傑作と言われています。
1812年、ロシアを攻める途中、ナポレオンがここを訪れた際に
「フランスに持ち帰りたい」と言った話が有名です。
それだけスゴイ!ってこと。
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建設から500年以上経過していますが、一度も破壊されることなく現在まで残っている貴重な教会です。
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教会の中のステンドグラスがめっちゃキレイです!
ナポレオンではありませんが。。。
アタシも「この教会、日本に持ち帰りたい!」と思いましたぁ~(笑)
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ベルナルディン教会
聖アンナ教会の隣にあります。
フランシスコ会によって創設された教会と修道院です。
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聖キャサリン教会
ヴィリニアウス通りに面したやわらかなピンク色の教会です。
地元の人に聞くと、ここはよくコンサート🎵などが行われるそうです。
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聖イグナチオ教会
イグノト通りに面したシンプルな外観の教会です。
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旧市街の西側は教会がいっぱいある地区です。
教会めぐりには最適!
リトアニアは敬虔なキリスト教国です。
街のいたることろに教会があるのに納得です。

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リトアニア国立博物館
かつては武器庫でした。
リトアニア大公国時代から19世紀までのリトアニアの歴史が学べます。

ヨーロッパ最大の広さがある旧市街地だけあり、見るとこがたっくさん!!!
時間がいくらあっても足りません。
もうこうなったら再訪するしかないですね!
はい、また来ます!
行ってみたい!と思ったみなさん、どうぞ一緒に行きましょう!!!
冬のクリスマスマーケット🎄の時期なんかも魅力的だなぁ~。
寒さ?マイナス5度くらいらしいですよ。
ロシアのシベリアのような極寒ではありませんので、ダウンコートで大丈夫でしょう。

もう少しお散歩が続きます。
リトアニア編⑧をどうぞ。

2020/05/02

バルト3国の旅・リトアニア編⑥ 衝撃の味!!!

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エッ!? なにこれ? なんだろう?
飛行船の形をしたリトアニア名物「ツェペリナイ」です。
簡単にいうと、じゃがいも団子の中にミンチ肉が入っています。
ベーコンが入ったサワークリームがかかっています。
もっちもちの食感です。
ナイフで切ると、中の肉汁が染み出てきてイモとクリームとミックスされて今まで味わったことのないおいしさでお口の中がパラダイス✨✨✨
見た目も食感も味も、ちょー衝撃でした❗❗❗
※ツェペリナイ=ドイツの飛行船の名前に由来
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ピンクのスープ「シャルティバルシチェイ」
冷たいボルシチです。
このピンク色はビーツの赤とケフィール(サワークリームのような)の白がミックスされて現れます!
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揚げたパン、カリッとしています。
チーズをつけて、バジルをつけて食べます。
ビールのおつまみに最高!!!

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ライ麦パンの中に温かいキノコスープがはいってます。
とてもコクがあり美味💕

料理動画はこちらです。
どの国にも伝統料理はあります。
リトアニア料理はトルコ、東欧や中央アジアと似ているようですが
独特なエキゾチック感があって、衝撃を受けました。
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レストランの中、とっても雰囲気が良いでしょう~。
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歴史のある有名なレストランらしい。読めないけど。。。。
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ビックリ!ものすごく安いです。
6名で84€、ひとり14€ですから!
リトアニアって物価が安いですよぉ~。
料理もおいしいし!
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レストラン「Medininkai」
夜明けの門を入って150mほど進むと右側にあります。
予約した方が安心です。
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夜明けの門を出て右に進むと「ハレス市場」があります。
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市場ってなんかワクワクしませんか?
何か面白い見たことのないモノが発見できるかも!
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リトアニア名物「シャコティス」
リトアニアのケーキ、バームクーヘンです。
クリスマスツリーの形をしています。
大きさもいろいろあるのでお土産に買うには高さ10~15cmくらいがちょうどいいですよ。
リトアニアの人たちは誕生日や結婚式などイベントの時に食べるようです🎀

リトアニアで買ったおみやげ動画↓↓↓
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ヴィリニュス駅前にあるスーパー「iki」
1階は国際バスターミナルです。
スーパーには箱に入った「シャコティス」がお安く売ってました。
ラトビア産チーズもありしたよー。
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バス利用者も電車で空港に向かう観光客も、乗る前にここでお土産買えます。

≪リトアニアの歴史概要≫

リトアニアの国名は1009年に文献に登場する「Lituae」に由来する。
リトアニア大公国が誕生したのは13世紀のことです。
1253年ミンダウガス大公が最初で最後の王位。
その後、周辺諸国を征服し、15世紀にはリトアニア大公国はヨーロッパで最大の領土をもつ大国となった。
16世紀には「ルブリン合同」により、ポーランドとの複合君主制国家「ポーランド・リトアニア共和国」が生まれました。
18世紀末、ポーランド分割によりリトアニアはロシア帝国の支配下におかれましたが、
第一次世界大戦後の1918年にリトアニアは共和国として独立。
しかし、第二次世界大戦中に旧ソ連やナチス・ドイツからの侵攻を受け、リトアニア・ソビエト社会主義共和国としてソ連に編入されることになる。
そして、1990年代に独立を回復したのです。

2020/05/01

バルト3国の旅・リトアニア編⑤ インスタ映えの街

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ヴィリニュスのシンボル「王宮と大聖堂」
この広場は「カテドゥロス広場」
クリスマスマーケットはここで開かれます。
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高さ53mの鐘塔。
上まで行くと旧市街を一望できますが、エレベーターはありません。
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ヴィリニュス大聖堂
1251年十字軍の弾圧から逃れるためにミンダウガス王がキリスト教を受け入れて最初に建造した主教座教会。
18世紀に大改築されました。
正面屋根にある聖スタニスラウス、聖ヘレン、聖カジミエルの3聖人の像は旧ソ連時代に撤去されていたが、1996年に再設置されました。
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カテドゥロス広場にありました。
なんだろう?????
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ちょっと休憩。
大聖堂の西側道路をはさんですぐのカフェへ☕
「Zoe's Bar&Grill VICHY」
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見た目はフツーですが、アイスクリームの下にはリンゴがたっぷりと!
クリームを混ぜると、美味しすぎる化学反応が起きるのだ!
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チョコレートケーキの中にたっぷりと生チョコレートがはいっていて、ラズベリージャムとの相性が抜群!!!
されにバニラアイスを混ぜるとほっぺた落ちた!
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カフェを出たあと、大学通り(ヴィリニュス大学の西側の通り)を南下
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大統領官邸
おっ!なんかSPらしき人が固まっているぞぉ~、もしかしたら大統領が出てくるのでは?
と期待してちょっと立ち止まるが、、、
大統領ってどんな人?
出てきてもわかんないじゃん、、、、と思った。
いま、調べると。。
2019年10月にギターナ・ナウセーダ大統領が来日し、岐阜県八百津町の杉原千畝記念館を視察したとある。
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ガウノ(Gauno)通りを行くと老舗高級ホテル「スティクレイ」があります。
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1941年 ナチス・ドイツが侵攻した時に置かれたゲットー(Ghetto)の地図です。
この辺りは多くのユダヤ人が住んでいた地区です。
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スティクリュ(Stikliu)通りはカラフルが気球がいっぱいです💕💕💕
かわいいショップも多く、楽しいお散歩です。
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狭いのに、、、車がきた。
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ステキな空間ですね、ここに座って紅茶を飲んだり本を読んだりとまったりとした時間を過ごすのもいいかもしれません。
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レンタサイクルのステーションマップです。
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かわいい街、オシャレな街、刺激的な街、魅惑の街
女子旅にピッタリだ!
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インスタ映えするストリートですよねぇ~。
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市庁舎広場から国立フィルハーモニーへもどり、スヴァチャウス通り
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200mほど行くと城壁が見えてきます。
城壁沿いがボクシュト通り
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円形城塞博物館
入場料 4€
受付のおばちゃんに「イヤホンガイドがあります。ドイツ語・フランス語・英語・ロシア語」
と言われたので
Rちゃんとふたりで「ロシア語」をチョイス
イヤホン 1.7€
するとおばちゃんは
「あらぁ~日本人ってロシア語ができるのねぇ~」と。
いやっ、それは違う!
大きな誤解だ!
ロシア語ができる日本人がふたりでココに来ることは未来永劫ないと思うぜ!

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すげーぇ~❗❗❗
レンガに囲まれた別世界だ。
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階段の上からみたところ。
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この博物館、かなりの穴場!
武器や鉄砲が展示してあります。
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ちょっと怖いような感じもするが。。。
夏場でもきっとこの博物館の中は涼しそうだよ。
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そんなに高い丘ではないので、市街地を一望できるわけではありませんが、東側は緑も多くまた違う景色が見えて良かったですよ。 710_191127_0032
17世紀初めに街の東側の要として造られた発砲用の城塞です。

この円形城塞についてはガイドブックにあまり詳しく載っていませんが、
いーですよ!
おすすめスポットです!
まさに穴場!
レンガの階段トンネルが印象的です。

まだまだ続きます。
「リトアニア編⑥」をどうぞ。


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2020/04/30

バルト3国の旅・リトアニア編④ 迷路のような街

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2019年7月10日(水)
リトアニアの首都ヴィリニュスです。
バルト3国最後の国です❗
非日常をとことん楽しんでいる充実度200%の旅が続きます。
一日の活力のため朝食ビュッフェでエネルギー補給🍔☕
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新鮮な野菜たち
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ハムが4種類にチーズが3種類
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白パン、黒パン
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クッキーまである
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ゆったりとした朝食会場
かなり満足度が高い!
朝からいっぱい食べて準備万端で観光に出発でーす!
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夜明けの門
旧市街の南から出発です。
9つあった城門のうち、ココだけ残っています。
上にはリトアニアの紋章があります。
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夜明けの門を内側からみたところ。
2階には小さな礼拝所があり、聖母マリアの肖像は17世紀に描かれたもので奇跡を起こす力があると言われています。
カトリック教徒と正教徒の双方から崇敬されていました。

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旧市街地にはいりました。
ガイドブックにはこの通りは「夜明けの門通り」と書いてあります。
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聖テレサ教会
夜明けの門から入ってすぐ右側です。
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さらに北へ進むと、聖三位一体教会
夜明けの門通りからすこし奥まっているので見逃さないように。
キョロキョロしながら歩いてください(笑)黄色い門が目印です。
奥には修道院があります。
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国立フィルハーモニー
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前の広場にたっている方はどなたでしょうか?
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黄色とオレンジの自転車。
「AVIA」というレンタルチャリです。
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有名なチーズのお店「Dziugas」 ジュガス
リトアニア産のチーズがいっぱい売ってます。

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カフェも併設してあります、おいしいケーキも並んでいましたよー。
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ここで、我々がチーズを買い占めました(笑)
熟成度の違いを食べ比べできます。
12ケ月、18ケ月、24ケ月、36ケ月があり、全種類を買いました。
全部で22.59€使いました。。。。が、日本の1/3くらいのお値段です。 710_191127_0087
市庁舎広場です。
ギリシャ神殿にも見えるし、モスクワのボリショイ劇場にもみえるでしょ。
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聖カジミエル教会
1618年に完成したヴィリニュスで最も古いバロック様式建築です。
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ロシア正教会教会
バザーがひらかれていました。おみやげ探しに良いかも。。
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市庁舎広場からデジョイ通り→ピリエス通りを北上します。
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市庁舎広場に面したレストラン。
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ピリエス通り
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旧市街の中にあるヴィリニュス大学
1579年に創立された歴史のある大学で、リトアニアの最高学府。
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ヴィリニュス大学の敷地内にある聖ヨハネ教会
旧市街で最も高い63mの鐘楼があります。
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ケディミナス塔のふもとの公園にありました。
お散歩かしら。
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緑の芝生がはがれてきています。
上の方は修理中でした。
東側からぐるっと回って歩いて登っていく道がありますが、途中から急こう配になります。
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丘から下をみると、こんな感じの道です。
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丘の北側にはリフト(というかミニゴンドラ)があります。 
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うぉおぉぉ~、いいねー。
丘の西側の景色です。
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南側。旧市街を一望。
絶景✨
レンガ色の屋根が広がる旧市街。
旧市街としてはヨーロッパ最大を誇り(3.6k㎡)迷路のように入り組んだ街にはゴシック・ルネッサンス・バロック様式の建造物が多く残されています。
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ケディミナス塔
14世紀ケディミナス大公がトラカイからヴィリニュスに遷都した際に城が築かれた場所です。
19世紀に帝政ロシアによりその大部分が破壊され、現在は監視塔として使われていたケディミナス塔のみが残っています。
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塔の中は「丘の上の城博物館」となっています。
入場料 4€
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必見です!!!!
とにかく必見!!!!
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人間の鎖です。
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「人間の鎖」の写真が衝撃的でした。
1989年8月23日
ヴィリニュスからリガを経てタリンまでの600㎞を200万人の人々が手をつないだ「バルトの道」
男性も女性も、年配者から子どもまで、、、みーんなが手をつないでいます。
こんなにすごかったんだ、民族の力ってすごい、人間の力って素晴らしいと感じました。

なぜこのようなデモンストレーションが行われたのか?
バルト3国のソ連併合を認めた独ソ不可侵条約秘密議定書締結50周年を期して行われ、3国が共通の歴史的運命を共有していることを、国際社会に訴えるためです。
3国連帯と独立への強い意志を全世界に示したのです。
武器を持たず、血を流すことなく徹底した非暴力で民主的に行った独立運動で、独立を勝ち取ったのです!

旧市街探検はまだまだ続きます。
「リトアニア編⑤」へ

2020/04/29

バルト3国の旅・リトアニア編③ トラカイ城

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トラカイ城
お天気に恵まれ、湖に浮かぶ佇まいのお城がめっちゃステキです!
湖に赤レンガの古城が映って幻想的な雰囲気でうっとりです💕💕💕
どこから撮っても絵になるわぁ~💕💕💕

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湖岸から橋を渡ってトラカイ城へ。
「小さなマルボルク城」とも呼ばれ、リトアニア大公国が栄えた時に中心的な場所として栄えました。
※マルボルク城はポーランドのマルボルクにある世界遺産の「マルボルクドイツ騎士団の城」のことです。

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首都ヴィリニュスの西28㎞、ガルヴェ湖上に浮かぶ島の上に建てられた。
石造りの城の建設は中世リトアニアの君主ケストゥティスにより始められ、1409年頃に彼の息子であるヴィタウタスにより竣工へと至った。

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城内には大きな中庭があります。
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博物館があります。
トラカイの歴史を学んだり、工芸品や武具などの展示も見れますが。。。
我々は時間がなくて見学はパス。

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ヴィタウタス大広時代の居室や大広間などが見学できます。
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城のまわりをグルっとまわってみました。
トラカイ城は要塞と宮殿が一緒になった城ですので、外壁は頑丈です。
要塞なのに、外国要人を迎えてパーティーも開催された面白いところですね。
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なぜ、湖の中の島に城を建てたのでしょうか?
それは、堀をつくらなくていいからです。
現在の城は建て直されたところが多いですが、土台だけは残っています。

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湖にはボートがたくさん出ています。
観光客目当てのボートやさんがいっぱい声をかけてきます。
呼び込みのおっちゃんたち、一人くらい日本語で声かけしてくれればいいのに、だれも「こんにちは」とは言わなかった。
「ニイハオ!」とは言われたわ。
湖から見るトラカイ城もいいなぁ~と思いましたが、、、時間がなくてパス(残念)
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有名な「キビナイ」
中身の違いがあります。
羊肉 2.20€
チキン 1.90€
豚肉 1.60€
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形はギョウザのスーパービックサイズバージョン(笑)
香ばしいパイの皮の中にジューシーなミンチ肉と玉ねぎが詰まっています。
チキンを食べました。
うん、おいしかったです。ミートパイだね
「名物」とついたらなんでも食べてみたくなる。

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インフォメーションセンターもありました。
大きな公園や遊歩道もあるのでのんびりとお散歩も気持ちよさそうです。

こんな話があります。

王は夢を見た。
狼が一匹、一夜ずっーと遠吠えをしている。
たった一匹なのに百匹いるように聞こえた。
この夢のことを占い師に話すと
「アナタはもっと東へ行って大きな町を作って有名になりなさい」と言われた。
そして王は
東へ行きネリス川を見つけヴィリニュスを作った。
とさ。

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カウナスの杉原記念館には1時間滞在しました。
14:30  カウナス発
ランチはカウナスの街のスーパーIKIで買いました。
ベルトコンベアーに買った商品をのせ、30㎝くらいの棒を置く。
この棒(上の写真ではイチゴの絵がついた棒)の意味は、ここまでが私が買う商品よ、ということ。

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バスの中で食べた軽食。
全部で3€くらい。

15:50  トラカイ城に到着
    トラカイ城に1時間滞在。
17:00  トラカイ城出発
17:40  ヴィリニュスに到着

宿泊ホテルについて
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ホテル「Panorama」パノラマ
今回の旅で一番大きなホテルです。
ヴィリニュス駅から徒歩2分。
旧市街まで徒歩7分。
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部屋からはヴィリニュス駅方面の公園が見えます。
写真のちょうど真ん中、木と木の間から見える建物はマクドナルド店舗。
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各階のエレベーターホールは大きな窓になっていて旧市街が一望できます!
旧市街はタリンやリガと違って空に高く突き出る塔はなく、レンガ色の屋根が低く並んでいます。
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バスタブがあります。
お湯をいっぱいためて、ゆっくり入浴して疲れを吹き飛ばそう~!
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このホテルもリガとおなじくらいコストパフォーマンスが良い!
シングル朝食付き 〇〇〇〇円です!
安い!!!!!!
直接ホテルと交渉して直接支払いしました。(なので料金はヒ・ミ・ツ。うふっ)

事前に宿泊代を振り込んだのですが。。。
ホテルから送られてきたINVOICEに記載されていた銀行口座が存在していなかった。
銀行名が変わっていたんですよ。
日本の銀行の担当者が調べてくれてなんとか振込ができました。
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19:00  ホテル1階のレストランで夕食、、、といっても、さっきキビナイを食べたのであまりお腹がすいてなく、サラダとコーラだけにしました。無料で立派なパンもついてきた! 10€也。

他のみなさんは、近くのスーパーでお惣菜を買ってきてました。

今日もまた、なが~い長い1日が終わりました。
明日はヴィリニュス観光です。
「リトアニア編④」に続きます。

2020/04/28

バルト3国の旅・リトアニア編② 杉原千畝記念館

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杉原記念館
十字架の丘からバスで3時間、カウナスに到着。
第二次世界大戦中、外交官だった杉原千畝が領事代理として任務にあたっていた旧日本領事館です。
当時、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻し、生命の危険にさらされたポーランドに住むユダヤ人のシベリア鉄道経由での亡命の手助けするため、当時のオランダ領事ヤン・ツバルテンディックと連携し、日本政府の意に反し日本通過ビザを発給。
「命のビザ」と呼ばれ、大勢のユダヤ人を救った「日本のシンドラー」「東洋のシンドラー」と呼ばれました。
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杉原千畝(1900~1986年) 86歳没
1985年 イスラエル政府より「諸国民の中の正義の人」の称号を授与されました。
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日本を経由して北米へ向かおうとしたユダヤ人6000人にビザを発給しました。
南米スリナム、キュラソーなどオランダ領アンティルに向かう目的でした。
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実際に使用されていたスタンプです。
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記念館の中はすべて日本語表記があります。
ショップの店員さんも上手な日本語を話す若い女性でしたので
「どこで日本語を習ったのですか?」と聞くと
「佐賀大学に留学しました」とのこと。
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入館料 4€
まずは3階で15分のビデオを観ます。
タイトルは「葦のようにしなやかに」
この言葉はイスラエルのことわざの一節です。
このあとには「木のように堅くなるな」と続きます。
日本のことわざで言うと「柔能く剛を制す」です。
まさに杉原千畝の生き方そのものです。・・・とナレーションがはいります。

思わず涙が出そうになりました。
彼が発給したビザで救われた人はその子孫も含め25万人以上と言われています。

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杉原千畝がビザを発給した時、人間として罪のない人々を助けるという信念と
将来日本のためにもなるという思いもあったのです。

2011年の東日本大震災の時、イスラエルは早い段階で医療チームを派遣してくれました。
イスラエルの駐日大使は
「これは恩返しです。杉原千畝に対する感謝を忘れません」とコメントしました。

彼の行動から学ぶべきことはたくさんありますね。
杉原千畝を扱った作品が多々ありますので、機会があれば読んだり観たりしてみてください。
そして、現地に行きたい!と思ったら、ぜひ、リトアニアに行きましょう~!
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シャウレイからカウナスへ向かう道。
ずぅーーーっと平坦な土地です。たまに森林が見えます。

カウナスについて
リトアニア第2の都市、人口355,000人。
首都ヴィリニュスの西100㎞。

13世紀 ドイツ騎士団の攻撃から街を守るために城壁が作られた。
1441年 ハンザ同盟の都市となり、同盟の商業事務所が置かれた。

16世紀 リトアニア大公国の元で街は大きく発展した。
17世紀~18世紀 ロシア・スウェーデン、ナポレオン軍などの侵攻を受け、また疫病の流行などもあり街は荒廃。

1862年 ロシアとドイツを結ぶ鉄道が開通すると、カウナスは重要な中継地点となり、1892年に最初の発電所が稼働する。

1919年 首都ヴィリニュスがロシアに占領されると、リトアニア政府はカウナスに移転してきた。
1920年 ヴィリニュスがポーランドに併合されると、カウナスは臨時に首都となった。(憲法上はヴィリニュス)

第二次世界大戦までの間、カウナスはリトアニア最大の都市として工業的に発展。
大戦が始まるとポーランド東部と共にソ連に占領されたが、間もなくドイツ軍が侵攻し街は破壊された。
戦後はソ連の一部となり再び工業が盛んになった。
リトアニアの工業生産の1/4を担うまでになり、1966年にはトロリーバスが開通した。

リトアニアを訪問するときは、ぜひともカウナスまで足をのばしてください。
首都ヴィリニュスに滞在して日帰りツアーも可能です。
 

2020/04/27

バルト3国の旅・リトアニア編① 十字架の丘

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シャウレイの十字架の丘

十字架の丘はシャウレイ市の北12kmのところにある巡礼地。
2001年リトアニアの十字架の手工芸とその象徴のひとつとして無形文化遺産の代表一覧に記載されています。

初めて十字架が建てられたのは1831年11月蜂起と言われています。
「山の上に神様がいる」と言って巡礼にきた。
19世紀から有名になり、カトリックやハリスト、ユダヤの人々が来るようになった。
宇宙にいる神様とのつながり、別世界へのつながりを求めたようです。

1993年9月7日、教皇ヨハネ・パウロ2世が大きな十字架を建てました。

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2019年7月9日(火)
8:00  リガのホテルにチャーターバスが迎えに来ました。
バルト3国の旅の最後の国、リトアニアへ向かいます。
まずはシャウレイへ
シャウレイはリトアニア第4に都市で人口128,000人
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10:00  十字架の丘到着
入り口には十字架を売っているお土産やさんがずらりと並んでいます。
みなさん、ここで1本買って土にさしてきました。
十字架1本 2€
小さなインフォメーションセンターもありました。
トイレは50セント
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入り口から700mほど歩きます。
どんどん丘が近づいてきます。
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目の前には小高い丘、おびただしい数の十字架。

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丘に近づくにつれ、空気が変化してくるのを感じます。
「聖地」を身体全体で感じる不思議なパワー。

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十字架、十字架、十字架、、、、、
いっぱい。
ガイドブックには十字架は5万以上ある、って書いてありましたが、、、
いやー、この数、5万とかじゃなくて、10万くらいありそう。

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毎日、観光客が1本ずつ差していったらどんどん増えますよねー。
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ごちゃぁ、ってかたまっているとこともあるし。
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アタシはここの近くに差してきました。
ちゃんと、住所と名前も書いてきましたよ。
再訪することがあれば、その場所を確認してきます。

≪聖地・十字架の丘≫
補足
ココは数世紀を経て、十字架だけでなくイエスの受難像やリトアニアの英雄の彫刻、聖母マリア像、肖像画、ロザリオなどもカトリック教会の巡礼者によって置かれるようになった。
かつてリトアニアのカトリック信仰は脅威にさらされたこともあったが、時を経て、この丘はカトリック信仰の長い歴史を物語るようになった。

1795年の第3次ポーランド分割で、リトアニアはロシア帝国の領土下に置かれることになった。
ポーランド人とリトアニア人はロシアに対抗して蜂起(1831年と1863年)したがいずれも失敗に終わる。
これら2つの蜂起はこの十字架の丘の始まりに関係しているといわれている。
反乱兵の家族が、彼らの遺体のかわりに十字架を丘に建てたのです。

1981年リトアニアは独立を回復。
独立期、この丘はリトアニア人が平和や独立戦争での死者たちのために祈る場所となった。

リトアニアがソ連の統治下にあった1944年~1990年、丘へ行き十字架を捧げることで、
リトアニア人たちは彼らの宗教や遺産への忠誠心を示した。
それは「非暴力による抵抗」と言われています。

ロシアの圧制により処刑された人たちや、シベリアへ流刑されたリトアニア人たちを悼んだ人が
十字架を一つ一つ持ち寄ったもので、大きさは小さなロザリオから高さ数メートルもある芸術的な十字架まで様々です。

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すんごーい立派なバス🚌
トイレもついています。
リガーシャウレイーカウナスートラカイーヴィリニュスまで走ってくれました。
朝8時~夕方6時までの9時間の貸切です。
距離にして400kmくらい。
リトアニアの旅行代理店に直接オーダーしたので、驚くほど安い料金です😵

こんなすごいバスが来るとは想像してなかったので、
ドライバーさんに何度も「これ、アタシたちのバス???」って確認したわ。

日本の旅行会社でリトアニアの旅行会社と直接取引している会社ってそうそうないと思うよ。
たぶん、ヨーロッパか北欧の大きな旅行会社経由になるんじゃないかなぁ~。
そーなると、仲介マージンががっつりとられるから料金が高くなるのは当たり前。

リトアニアの旅行会社さん、どーもありがとうございまーーーす💕

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バスの中でくつろぐ仲間たち🎵
ステキな旅仲間のみなさんです。
詳しいご紹介は「ラトビア編②」をどうぞ。

みなさんと初めて会ってから3年以上たってますね。
(5年以上のお付き合いの方もいますね)
他にも旅仲間はいますので、旅の企画によってメンバーが入れ替わるって感じです。

みなさんの行きたいところ、わがままドンドン言ってください。
旅を通して、ドンドン深まる絆。

これを読んで、「いいなぁー、楽しそうぉ~」って思った方、
ぜひぜひお仲間にどうぞ。

他の旅行会社ではできないであろう、きめ細かいプランニングを頑張ります!
お望みの企画や手配をさせていただきます!

って。。。宣伝しちゃった(笑)

十字架の丘の滞在時間40分
10:40  次の目的地カウナスの「杉原千畝記念館」に向けて出発🚌

「リトアニア編②」に続きます。

十字架の丘の動画はこちら

2020/04/26

バルト3国の旅・ラトビア編⑤ 歴史のお勉強

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「バルト3国の旅」を企画するまで、あまりこの3つの国について知識はなかったです。
ガイドブックを買って隅から隅まで読み、バルト3国に関する本を図書館で借りたり、ネットで買ったり、文化や歴史・民族や伝統についても自分なりに事前学習をしました。
ドイツ騎士団だったり、ハンザ同盟だったり、リヴォニア戦争北方十字軍などのこと。
杉原千畝のドラマもいくつかみたし、リトアニアのシャウレイトラカイ城は行った人のブログをみて「絶対に行く」と決めたし、ツアーのアレンジはみなさんの要望に応えられるように&喜んでもらえるように何度も手直しした・・・それがまた楽しいのよね~💕😃💓

エストニア編・ラトビア編が終わりましたが、明日から「リトアニア編」がスタートします
お時間があれば覗いてください。

≪ラトビアの歴史概要≫

ラトビアの氷河が融けた西暦前9000年、最初の住民がたどり着く。
後に他のバルト語派の部族が定住するようになる。
彼らがラトビア・リトアニアの先祖です。

ラトビアは貿易の要所であり、古代から世界的に重要な交易ルートとして栄え、バイキングからギリシャ人までが広大なダウガヴァ川を渡りました。
12~13世紀にかけてラトビアは領土拡大を狙い、キリスト教を持ち込む十字軍に徐々に侵攻されました。
13世紀にはドイツ騎士団による侵攻を受け、その後も強いドイツの文化の影響を受けながら、リトアニア、ポーランド、スウェーデン、ロシアの支配を受けたのです。

首都リガはハンザ同盟の中核都市で、中世の面影を色濃く残した旧市街は1997年にユネスコ世界遺産に登録。

1918年11月に独立を宣言したが、1920年まで内戦状態が続き1940年には独ソ密約により旧ソ連となりました。
1941年~1945年までナチス・ドイツの占領を経て再びソ連領となる。
その間、1940年~1949年にかけて約8万人のラトビア人がシベリアに流刑され、また多くの国民が難民として国外に亡命しました。
この結果、1939年におよそ73%いたラトビア民族は1989年に52%まで減少。

1990年5月に独立回復を宣言するが、正式に独立したのは旧ソ連崩壊後の1991年8月でした。

独立回復で亡命していたラトビア人が帰国し、若い指導者を中心に新たな国造りに取り組みだしたのです。

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聖ゲルトルード教会
15世紀のゴシック様式のカトリック教会
旧市街からは少し離れています、徒歩15分くらいかな。
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女子がふたり、仲良く歩いています💕
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救世主生誕大聖堂
1883年、ラトビアがロシア帝国統治下にあった時に建築されたロシア正教の教会。

ラトビアのことを知らべていて、ふと思い出したことがあります。
むかぁ~し昔、そのむかし。。。
そう、アタシがロシア語通訳としてデビューしたての頃。
おおー、もう20年以上も前のことですねー。

東京の商社のロシア貿易のお仕事だったのですぅ。
担当者がラトビア出身の方でした。
5ケ国語が堪能な優秀なビジネスマンでした。
彼は「ボクはロシアが大嫌いです」と言ってました。

ロシア側の要望を彼に伝えてもすべて「NO」でした。

ロシア側のリーダーに「NO」と伝えると
ロシア人が「あの、クソッタレ×××ラトビアめ」と放送禁止用語を連発して
怒っていたことがありました。

ラトビアとロシアって仲が悪いのか~と不思議に思ったことがありました。
懐かしい話です。。。

さて、明日はいよいよ、最後の国、リトアニアへ移動です。
続きは「リトアニア編①」でどうぞ。

リガのまとめ動画はこちらです。

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