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2022/04/11

ロシアとの姉妹都市関係ってどうやって生まれるのか?

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最近は週に1回はロシア向けのオンラインセミナーを行っています。
次回のテーマは
「札幌とノボシビルスクとの交流について」です。

ノボシビルスクの大学生に対して
札幌とノボシビルスクの国際交流のあゆみなどを中心にお話します。

アタシがノボシビルスクへ初めて行ったのは1994年6月です。
モスクワからノボシビルスクまでシベリア鉄道で行きました🚃🚃🚃
たしか3泊4日くらいかかった記憶があります。
その時の日記もありますので、いつか機会があれば出版したいくらいです(笑)

2000年に札幌に住んでから、札幌市国際プラザのロシア語ボランティアをやるようになり、
ノボシビルスクから来ていた国際交流員との出会いがありました。
そこからまたノボシビルスク愛💓💓💓が始まります。

2013年にご縁があって札幌ノボシビルスク友好交流協会に入会し
2016年に理事長に就任してNPO法人に組織変更しました。
簡単に言うと、アタシとノボシビルスクの歴史はこんな感じ。

さてさて、アタシのことはどーでもいいのですが、
「札幌」と「ノボシビルスク」の出会いっていつから?
どんなきっかけで?
ということを知らなくては、セミナーはできないと思って調べましたよ。

さかのぼること48年!

1974年に札幌市で「シベリア博」が開催され、多くの札幌市民の関心を集めました。
展覧会ではシベリアの豊かな自然や石油コンビナートなどの大規模な開発の様子が紹介され、シベリアの中心都市としてノボシビルスク市も紹介されました。
この動きを受けて、市民団体が中心となり、札幌市と歴史や規模、地域の中心地であるなどの共通点が多いノボシビルスク市と市民レベルでの交流が始まりました。

1985年に両市長の相互訪問が実現して、行政レベルの交流へとシフトしました。
芸術・文化、スポーツ、青少年交流など各分野にわたって着実に交流事業が積み重ねられました。

市民レベルと行政レベルの交流が深まってきたので、よぉーし、これはなかなかいい感じになってきたなぁ~、そろそろ機が熟したって感じではないかぁ~。
となり、
1989年5 月、札幌市議会で両市の友好促進決議が採択され、さらに、1990年3月には、札幌市議会が「姉妹提携に関する決議」を採択。

そして、とうとう姉妹都市提携が実現することになるのです❗❗❗

上の写真は、1990年の姉妹都市提携調印式の時の写真です。
姉妹都市関係のパネル展の時のモノです。
よく、コレを写したなー、アタシ。
と自分で感心しちゃったよ(笑)

姉妹都市提携時のノボシビルスクの市長はインディノク氏です。
アタシは5年前にノボシビルスクでお会いしました。
とっても気さくなおっちゃんだったんですよぉ~(あ、失礼)
当時の懐かしい話をして下さり、その時々の交流の積み重ねがあって、今があり、お互いの信頼関係ができるんだなぁ~と改めて感じました。

パワポで資料を作りながら

「シベリア博」って何???

が解決しないのよ。
調べても出てこない。
1974年だからなぁ~💧

姉妹都市提携以降の資料はNPO法人札幌ノボシビルスク協会が保管しているので読み込んでいます。
たくさんの事業が行われているし、相互の往来も盛んだったし、多くの市民のみなさんが関わってきたことを実感しております。

ロシアの大学生たちに”熱い”交流の息吹が伝わるようにお話しようと思います💡

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