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2021/07/06

こんなところに!樺太記念碑が!

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先日行った小樽の「旭展望台」の駐車場に「樺太記念碑」がありました。

旭展望台の記事はこちらから。

この目の前に車を停めました。
上にある石に書いているマーク?うん?なんか見たことあるぞ!と思って近づくと国境標石じゃん!って思ってめっちゃ興味津々で文字を読んだ。
この国境標石はレプリカですが、本物はサハリン州立郷土博物館に展示しています。
また、根室市歴史と自然の資料館にも1基あります。

ミニ知識として
1905(明治38)年、日本とロシアはポーツマス条約により、樺太北緯50度を日本とロシアの国境とすることに決定し、翌年から現地で共同による国境策定作業を行いました。これにより4個の国境標石が作られました。
日本が国境標石を設置したのは、歴史上この時だけです。


サハリン州立博物館の記事はこちら
日本にも陸の国境があった証拠は「日露国境標石」


碑文

樺太を偲ぶ
かって日本最北端開発の雄図を抱いて樺太に渡り 風雪難苦に耐えながら
北辺の理想郷を造り上げた我らの父祖 更には彼の地に生を享け かけが
えの無い郷土とする数多くの同胞 且つ又業を興した産業の発展に寄与した
幾多の企業にとって 樺太は永遠に忘れることができない
引揚げ以来すでに二十有余年を経てなお望郷の思い止み難く 今は全国に
別れ住む樺太関係者が力を合わせて 此のゆかりの深い小樽の丘に 樺太を
偲ぶ記念の碑を建立して 後世に遺そうとするものである

昭和四十八年九月十二日


まじ、コレ読んで固まった。。。

この事実、忘れ去られているよね。
背筋がピーンと伸びた。

アタシの周りには樺太の引揚者が多くいますが、みなさんご高齢です。
引揚者の子孫もいっぱいいます。
「オレのおやじが樺太からの引揚者なんだよねー」とかよく聞く話です。

アタシの父はサハリンの落合(現在のドリンスク)で生まれました。
戦前に北海道に渡りましたので引揚者ではないのです。
祖父は落合にあった王子製紙で働いていました。
4年前にドリンスクの王子製紙工場跡を訪ねた時の記事はこちらです。

サハリン出張 ドーリンスク編

おじいちゃぁ~~ん!!!!!

樺太ネタの話を始めたら止まらなくなる。。。。

「樺太を偲ぶ」はせつない。
今は北海道とサハリン州は日露友好をさけんで交流をたくさんしている。
でも忘れてはいけない歴史の事実もあるんです。

サハリンは昔は樺太と呼ばれ、日本国が統治していた時代があるのです。

ご興味を持った方はぜひ、当社のツアーへご参加下さい。
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オリジナルな旅を企画しますよぉおおお。

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