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日ソ共同宣言50年

1956年にモスクワで日ソ共同宣言が署名されてから50年たちました。
国交は回復しましたが、領土問題が残っているので平和条約は締結されていません。

北方領土の目の前で育った私としては、領土問題はとても身近な問題です。

日本政府は人道支援として食料品を四島に送ったり、地震の後に衣料品を送ったり、ビザなし交流を行ったりしていますが、なかなか領土問題の解決にはつながりません。

最近では、ロシア経済の好調ぶりが北方四島にまで波及しています。
島民の生活水準もかなりUPしています。
来年からはクリール経済社会発展計画が始り、インフラ整備が進むようです。
国後島の飛行場も整備されるようで、観光客がたくさん訪れるようになる、とサハリンの旅行代理店の社長が言ってました~。
手付かずの自然が残る北方四島は大変人気があるそうです。

サハリンの大手建設会社の知人も択捉島に行って、スーパー建設を手がけるそうです。
缶詰工場も新しく作るし、リゾート開発もやりたい、と言っていた。

ビザなし交流で日本に来るロシア人島民の購買力も毎年上昇している。
豊かになったってことでしょうね~。

ますます領土問題解決は困難になるのでしょうか・・・・・

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Comments

マーシャさん こんばわ
 日ソ共同宣言50年に成りますか、日にうとくなりました。中学1年生の終り頃よりロシア語の勉強、スープトニク(人工衛星)が宇宙にモスクワ放送ロシア語で聞きました、ほとんど意味が解りませんでした。話、代わりますけど、領土問題の解決のチャンスは、あったのです、偉大なる”エルッチン大統領”、岡山の亡首相”橋本竜太郎”、私の協力〈戦前と違って、乃木は、平民ですから責任のない善意の行動)によって解決出来たのです、しかし、国内におし進める"力”が涌いてこなかったと言う事です、敗戦国日本の、良かれ悪しかれ負けた日本民族の力のない責任のない領土返還の見せ掛け(パホーマンス)の大きな掛け声だった結末です、亡き竜太郎は草場の影で、歯ぎしりをしているでしょう。
 私の思うに、マーシャさん、ロシア現状の立場からすれば、未来に於いて困難さが欲求されるでしょう、ロシアは多民族国家ですもの、チャンスは2度とないでしょう、それよりも、マーシャさんの行動によっての事柄の方に賛成します、ロシア人は、朝鮮半島のお方みたいに"ボンブ”を日本人に突きつけて”喧嘩の種”をばらまく様な事は、未来に於いて、無いと確信します、マーシャさんのような、付き合い方なら絶対に有りえません、人と人との心の付き合いは留守にしてはいけないですよ。
 友、遠方より来るの考え方ですものロシア人は、どの民族の方も気さくでしょう。
 身体に気をつけてロシア人と日本人を繋ぐ、いしずえとして”マーシャさん”(無責任だけど)ガンバレ。   岡山の乃木

Posted by: 岡山の乃木 | 19.10.06 0:47

乃木様
いつも貴重なコメントありがとうございます。
戦争を知らない、ソ連時代もあまり知らない私は今のロシアしか知りません。
ロシアとのお付き合いもまだ15年くらいです。
ロシア人はとてもふところの深い気さくな方々ばかりです。
お互いの信頼関係が強ければ大変うまくお付き合い&ビジネスができると思っています。
私は良いロシア人に囲まれています。
たいへんうれしく思っています。
これからもロシアと交流していきます。
私の活動はほんの小さなものですが、お互いの民族が少しでも理解できるようにお手伝いしたいです。
隣の国ですもの・・・・

乃木さま、勝手なお願いですが・・・
これからもマーシャの活動を見守っていてください。
応援してください。
乃木さんの励ましのメールはとても力強いです。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。

Posted by: マーシャ | 22.10.06 20:49

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